Turn the page

気持ちを切り替える

 

試合中、選手がリセットボタンを押さなければならない状況は何度もある。そんな時、選手はこんなフレーズを使う。

 

You have to turn the page.

 

直訳すると「ページをめくらなくてはならない」、意訳すると「気持ちを切り換えなければならない」になる。過去の出来事に執着していては何も始まらないということだ。 打者の場合、4打数無安打の試合を後悔しても、翌日には新しい試合が待っている。ピッチャーの場合、ホームランを打たれて悔やんでいても次の打者がすでにバッターボックスの中に入っている。もちろん、私が担当するダルビッシュ投手も試合後の記者会見でこの言葉を使うことがあるが、訳す際に上記の英訳をよく使う。

 

この言葉は試合中だけでなく、野球人生の中でも言えるだろう。先日、トロント戦で相手のピッチャーはディッキー投手だった。周知の通り、彼はナックルボーラーだ。ナックル(限りなくボールの回転を抑えて不規則に変化しながら落ちる変化球)を投げる投手は、100年以上あるメジャー史を通しても25人ほどしかいない。近年ではボストン・レッドソックスにいたウェークフィールド投手の印象が強い。そして、2012年ナックルボーラーとして史上初めてサイ・ヤング賞を獲得した、このディッキー投手だ。なぜナックルボーラーが稀かと言えば、この球種を持続して投げる技術が非常に難しいのが理由の一つに挙げられる。

 

43 R.A. DICKEY pen

 

もう一つの理由は、ナックルボール投手になるためにメジャーを目指しているピッチャーは皆無に近いからだ。投手としてメジャーで通用しなかった選手が野手に変わるケースはよくある。しかし、同じ投手として、それもナックルボーラーに転向してメジャーに残るのは至難の技だ。ディッキー投手の自伝「Wherever I Wind Up」を読んだ人は納得してくれると思う。あまり知られていない事実だが、彼は1996年テキサス・レンジャーズにドラフト一位で選ばれた選手だ。生まれつき右ひじの靭帯が一つないという異例な症状を克服し、メジャーでも投げていた。が限度があった。 引退、つまり「本を閉じる」ことも考えたが彼は思いきって「ページをめくる」決断をした。体力的にもメンタル的にも苦闘を続けた結果、2012年にナックルボーラーとして前代未聞の快挙を成し遂げた。

 

気持ちを切り替えるというのは安易なことではない。それを毎日のように成し遂げるメジャーの選手は、プロ中のプロと言える。

 

DickeyTEX

(レンジャーズ時代のディッキー投手)

Take Him Under His Wing

弟鳥の面倒を見る兄鳥

 

 

ベテラン選手の役目は色々あるが、一つは新人の面倒をみることだろう。故障者が続出しているレンジャーズは毎週のように新しい選手がマイナーから上がってくる。特に、初めてメジャーに上がってくる新人は右も左も分からない。マルティネス投手、オドール選手、サルディナス選手は、今年初めてメジャー昇格した。球団も気を遣って、マルティネス投手のロッカーをベテランクローザーのソリア投手の隣に置いた。オドール選手、サルディナス選手は二人とも内野手で、ベテランのアンドラス選手やベルトレ選手が食事に連れていったりする。

 

外野ではメジャー10年目の秋選手が、マルティン選手やチョイス選手の兄貴分になっている。先発投手部門では、やはりダルビッシュ投手。メジャーは3年目だが、抱負な経験を持っている彼にペレス投手やロス投手はアドバイスを求めてくる。後輩想いのダルビッシュ投手は、いつでも時間を割いて自分の体験談を語ったり、助言をしたりする。

 

このように後輩の面倒を見ることを、次のようなフレーズで表現する。

 

The veteran player took the rookies under his wing.

 

直訳すると「ベテラン選手はルーキー達を彼の羽の下においた」。親鳥が小鳥を守る姿から、この表現は生まれたのであろう。「庇護する」という意味にも使われる。メジャー歴17年超ベテランのベルトレ選手に、ドジャースに入団したルーキー時代には、誰が面倒をみてくれたか聞いてみた。懐かしい名前がでてきた。ラウール・モンデシー。モンデシー選手と言えば、野茂選手が新人賞を獲得した前年に同じ賞を獲得した選手。ロサンゼルス出身の私はリアルタイムでモンデシーを応援していた。年齢を感じるものだ。彼は今、故郷ドミニカのサンクリストバル市の市長をしている。

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(写真:1995年このアーリントンで行われたオールスター戦に選ばれたドジャースの選手。左から野茂選手、モンデシー選手、ピアザ選手、キャロス選手)

 

ちなみに、私がこの世界に入った時、一番お世話になったのは齋藤隆選手(現東北楽天ゴールデンイーグルズ)だった。小学生でアメリカに来た私は、日本特有の縦社会の基となる中学校以上での先輩後輩関係を経験していない。特に、スポーツ界での先輩後輩の大切さは聞いていたが、体験したことはなかった。選手や他のスタッフへの接し方や言葉遣いなど、メジャーや日本の野球界のことをすべて、齋藤選手から教わった。いまだに私がこの世界にいられるのも、斎藤選手のお陰だ。

 

Sammy took me under his wing.

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